目次へ戻る
「芦原建築資料アーカイブについて」
 武蔵野美術大学造形学部建築学科を創設された芦原義信氏の制作活動に関わる諸資料は、芦原建築設計研究所に長く保管・管理され、また部分的にウェブ上での公開もなされてきた。本学美術館・図書館は、その諸資料の寄贈を受け、保管・管理を同研究所より引き継ぐこととなり、2013年に収蔵庫の改修を行い、建築図面等の整理および保管のための設備を整えたうえで、2014年に資料を移管した。それ以来20万点以上におよぶ芦原義信の建築資料アーカイブ整備を進めきた。作業にあたっては、2013年度に文部科学省より戦略的研究基盤形成事業の助成を受け、収蔵庫整備と同時に諸資料を改めて分類整理し、また図面等のデジタル化とデータベースの構築を5年間に渡り行ってきた。

1. 全資料の種類と点数について

 寄贈を受けた諸資料は、芦原氏の建築作品に直接関連するものと、そうでないものとに大別される。そのため、まず下記のように6つに大分類[A〜F]し、さらに個々の資料については、それらの物性に応じて細分化した。また芦原建築資料アーカイブの各分類ごとの資料点数は以下のようになった。

[資料内訳]

  1. 設計資料
  2. 原図:手書き図面、一部印刷 44,504点(1,253筒)
    製本図面:原図の複写を製本したもの 36,876点(601冊)
    マイクロフィルム:図面のマイクロフィルム 12,794点
    構造計算書:構造計算の概要、計算結果などをまとめたもの。織本構造設計研究所作成 76,702点(1,250冊)
    計画書・報告書:工事計画書、仕様などを記した報告書 16,988点(278冊)
    建築資材:ルーバー[ソニービル]、敷石[駒沢オリンピック公園]等 317点
    模型:武蔵野美術大学鷹の台キャンパス、モントリオール万国博日本館等 6点

  3. 写真類
  4. 竣工写真:竣工写真プリント・スライド 1,101点
    パネル類:竣工写真パネル・ボード、スケッチ、ポートレイト等 157点
    資料写真:設計・執筆用資料、講演に使用したスライド等 6,612点
    その他写真:ハーバード大留学時代、海外出張・講演・交遊、芦原義信ポートレイト、著名人との写真、所員等 5,248点

  5. 事務所資料
  6. 物件カード:芦原建築設計研究所が作成した設計・工事の記録 613点
    契約書類:設計監理委託契約書類等 222点

  7. 書籍類
  8. 建築作品別掲載誌:作品別掲載誌、抜刷り、関連書籍 1,289点
    掲載誌:芦原個人、芦原建築設計研究所に関する掲載等 2,859点
    蔵書:自宅蔵書、芦原建築設計研究所蔵書 427点

  9. 活動関係資料
  10. 楯・賞状類:受賞作品の賞状・盾、勲章、感謝状等 596点
    海外活動関係資料:デロス会議、海外での講演・調査の記録 195点
    音声・映像資料類:テレビ・ラジオ出演記録、海外活動記録、工事記録等(8mm映像フィルム、6mm音声フィルム、VHSビデオテープ、カセットテープ) 300点
    執筆原稿・版下類:『街並みの美学』『外部空間の設計』など、著作の原稿・版下・参考資料等 239点

  11. 個人資料他
  12. 書簡:M・ブロイヤー、B・マンデルブロ、D・ブーアスティン、R・ヴェンチューリ等との書簡 1,222点
    個人資料:米国留学関係資料、自宅図面、日記帳等 146点
    その他:221点

2. 資料の保管・保存

[収蔵庫]

 本学12号館地下2階に約290㎡の造形研究センターデザインアーカイブ収蔵庫を改修・整備し、芦原建築資料、プロダクト・デザイン関連資料、古灯器資料などの収蔵施設とした。収蔵庫内の棚のレイアウトにあたっては、「収蔵棚エリア」、「作業エリア(図面フラット化作業、PCでの画像入力)」、「拡張エリア(作業→収蔵棚)」を、6:2:2の割合となるようにした。最初の時点での図面の整理作業にあたっては、多くの人員を動員して行う必要があり、最初の段階では作業エリアを意図的に広く確保した。「拡張エリア」は、当初の作業を終えた後に、収容能力を高めるために、あとから収蔵スペースへと転換することを目的としたエリアである。作業スペースを優先した最初の段階では、建築図面を平置きして展開し、それらを閲覧しながら整理を進め、全体的な整理作業が終了した後に、第二段階として、収蔵力を高めるために棚を増設し、大型図面が平置きできる棚も新設した。
 作業エリアでは、4台以上の移動式テーブルでの作業が可能なスペースを確保し、収蔵棚エリアでは図面を並行に移動できる空間が十分にとれるように、棚間隔を設定した。図面資料の多くは、芦原建築設計研究所で使われていた大型の可動式集密棚を移設して収納(但しA1サイズより大きい図面は収蔵棚)した。

3. 建築図面のデジタル化

 寄贈された手書き建築図面等の資料は、基本的に全てデジタル化を行うこととした。デジタル化にあたっての目的は、①資料の現状を記録しておくこと(資料内容によってデジタル化の是非を判断せず、資料種別単位を悉皆的にデジタル化した)、②図面の閲覧性の向上(閲覧による資料のダメージを防ぐため)、③効率化のため画像からデータ入力可能な仕組みを構築すること(データベースの作成にあたり、原資料に当たらず、デジタル化された画像等を参照できるようにするため)、④資料の利活用方法を展開していくため、⑤調査・研究に有益な資料の共有化、以上の5つである。

[デジタル化の方法と数量]

4. データベースシステム

 デジタル化した資料は、管理・検索等を可能とするデータベースシステムを構築し、その利活用をはかることとした。システムの構築にあたっては、以下のようなコンセプに基づいて設計を進めた。
  1. 図面資料、写真資料の画像を高精細で閲覧可能とすること
  2. クラウドシステムを使った学内外間のシームレスな作業環境を構築すること
  3. 画像を元にしたデータ入力の可能なシステムとすること
  4. 当美術館で記録している所蔵資料情報と、芦原建築資料情報の著しい乖離がない設計とすること
 以上のコンセプトに基づき、本データベースは、単なる所蔵資料の検索機能としてではなく、デジタル化された図面の研究や学習などの実際的な活用に供するシステムとして構築されたものである。また、多様な資料を所蔵する美術館のなかの一資料体であることを考慮して、他の資料との統合利活用をも視野に入れた設計とした。

5. データベースの構造

 データベースシステムは、その機能ごとに、作業系データベース(ID保有者のみ閲覧・編集可能)と、システム管理系データベース(管理者のみ閲覧可)、公開用ウェブサイトの三つの構造からなるものとした。
作業系データベースは物件を中心として建築図書、写真、掲載誌などがそれぞれ紐付いて表示できる仕組みとし、資料の記録要素に応じて以下のデータベースを準備した。
  1. 建築作品情報
  2. 図面
  3. 掲載・参考文献
  4. 書簡
  5. 画像管理
  6. 品目(写真、設計図書以外)

6. データベースの項目

今回の資料のデジタル・アーカイブ化にあたって、最も重要となったのは、建築図面を中心としたデータベースをどのような項目を持つものとして整備であった。建築図面の目録としては、どのような項目を立ててデータベース化していくか、それについては、先行する諸研究機関への調査を踏まえながら検討を重ねたうえで、決定していった。
 調査および参考にさせていただいた研究機関は、国立近現代建築資料館、金沢工業大学、京都工芸繊維大学、建築・空間デジタルアーカイブス(DAAS)などである。また併せて、芦原建築設計研究所で使用されていた物件カードや別冊新建築「芦原義信」も参考とした。
 これらの研究機関やアーカイブズにおいて設定されていたデータ項目を、できるかぎり網羅することを目標に、項目の選出を行った。また、加えて、芦原資料固有の物件番号や美術館データベースへの格納なども考慮したうえで、最終的な項目を決定するようにした。

[芦原建築資料データベース項目]

[図面]
データ種類 項目 項目定義 記入例
(武蔵野美術大学4号館)
管理系 登録番号 Job.Noをベースに美術館の登録番号体系に合わせた番号を記載 A07805208023
仮整理番号 筒番号、IDなどを記載 078-A
画像番号(登録番号+2桁) 該当する画像のファイル名を記載 A07805208023_00
Job.No 芦原建築設計研究所使用の番号を記載 07800
保管場所/箱番号 資料の保管場所を記載 12号館地下収蔵庫J-5-1/001
図面判読 資料形態/版 原図、青焼き、等の資料形態を記載 原図
標題1 図面から表題を記載 武蔵野美術大学鷹の台校舎第1期整備工事 立面図
標題2 複数ある詳細図などの表題 北立面図、東立面図、南立面図
種類(筒呼称) 図面及び筒などから図面の種類を記載「建築」「構造」「設備」「衛生」「空調」「電気」「家具」など 建築
種別1 建築(計画・基本設計)、建築(実施設計)構造、設備(衛生、空調、電気)から分類 建築(実施設計)
種別2 別紙 「図面情報入力_種別」参照 立面図
番号 図面「No.」欄から記載 1005
作成年月日 図面「DATE」欄から記載 1964/02/17
縮尺 図面「SCALE」欄から記載 1:100
設計者 図面表題から記載 芦原義信建築設計研究所
approved_表記 氏名 図面「approve」欄から表記を記載する。また氏名を推定して記載 YA 芦原義信
checked_表記 氏名 図面「checked」欄から表記を記載する。また氏名を推定して記載 m 守屋秀夫
drawn 表記 氏名 図面「drawn」欄から表記を記載する。また氏名を推定して記載 S
特記事項内容(加筆、修正、指示内容) 特記事項があれば記載 MAR.7.1964屋根訂正yk
物性 寸法/縦 mm横 mm 寸法を記載 552×798
メディア(用紙、フィルムなど) 図面の材質を記載 トレーシングペーパー
技法(裏表記、端の処理) 使用している技法を記載 鉛筆書き、糸で補強
状態 特記すべき状態を記載 中央下部、中央上部にヤブレ、所々オレ
記録・補記 版権・許諾者 権利の保有者を記載
履歴(貸出、出展) 出庫の履歴等を記載
公開範囲 公開する範囲を記載「展覧会出展可」「学内のみ可」など
備考(所見など)
記入日(更新) 入力した日付を記載
入力/確認 入力者及確認者を記載 スタッフ名/◯◯先生

[物件]
データ種類 項目 項目定義 記入例
(武蔵野美術大学4号館)
NO job.No 芦原建築設計研究所使用の番号を記載 07800
物件情報 名称1(竣工時名称) 竣工時名称を記載 武蔵野美術大学アトリエ棟
名称2(プロジェクト名・工事名 建物名 工期区分 工事内容) プロジェクト名・工事名 建物名 工期区分 工事内容等を記載 武蔵野美術大学第一期整備工事
名称3(現在の名称) 現在の名称を記載 武蔵野美術大学4号館
設計年月日 設計開始年月日を記載(期間か?) 1963/07/01
工期 着工日(その他 上棟日、変更日等を記載) 着工日:1964年3月12日 上棟:1964年7月7日
竣工年月日 竣工年月日を記載 1964/09/02
所在地 現住所を記載 東京都小平市小川町1-736
現存の存否 「現存する」「現存しない」「その他」から選択 現存する
施主 施主を記載 武蔵野美術大学 田中誠治
現在の所有者 現在の所有者を記載 学校法人武蔵野美術大学
主要用途 「住居施設」「医療・福祉施設」「公共施設」「文化施設」「宿泊施設」「教育施設」「事務所」「交通・流通施設」「宗教施設」「産業施設」「スポーツ施設」「商業施設」「娯楽施設」「景観」「その他」等から選択 教育施設
構造・規模 構造/規模 構造/規模を記載 鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造
敷地面積(㎡) 敷地面積を記載 65055.13
建築面積(㎡) 建築面積を記載 2169.78
延床面積(㎡) 延床面積を記載 3828.66
最高軒高 最高軒高を記載
設計・施工者 設計者 公表した名義を記載 芦原義信建築設計研究所
担当者 担当者を記載 保坂陽一郎、嶺澤徹男、石岡俊二、新納恵子、瀬古大、小林良雄
構造設計者 構造設計者(会社名及び担当者)を記載 村上
施工者 施工者(会社名)を記載 大成建設
設備設計者 設備設計者(会社名及び担当者)を記載
協力/関係者 建築、構造、設備以外の協力者、関係者を記載 サイン類:粟津 潔
資料・情報 受賞歴 受賞があれば記載
掲載・参考文献
竣工写真
図面
別データベースとリンク
備考 備考

7. 図面の種別分類の方法について

 上項データベースの項目において最も重要となった建築図面の分類整理にあたっては、様々な図面情報の分類方法を調査した結果、どのような立場の視点に立って整理するかによって、根本的な分類概念が異なることがまず確認された。設計者の立場からは、建築設計がどのような段階を経て成立していったのか、その時間的進行や時系列が重視される。つまり、最初のアイディアのスケッチに始まり、基本設計、実施設計へと進む段階的進展が、図面の整理にも反映されなければならい。他方、建築史を専門とする研究員からは図面の整理は、用途別に、「計画(建築)」、「構造」、「設備」に大別することを重視すべきではないかという意見も出された。
 本アーカイブズでは、このようなふたつの立場を考慮に入れた分類法を採用することとした。第一階層と第二階層とに分けた分類を行い、第一階層では用途に基づきに「建築」、「構造」、「設備」と三つに区分けしたうえで、「建築」は、時系列的分類を加えて、「建築(計画・基本設計)」および「建築(実施設計)」のふたつに分類し、「設備」に関しては用途別に、「設備(衛生)」、「設備(空調)」、「設備(電気)」の三つに分類することとした。

[図面情報の分類・種別]

第一階層 第二階層
建築(計画・基本設計) スケッチ パース図 アイソメ図 アクソメ図

案内図、配置図、外構、面積表、仕上表、平面図、立面図、断面図、矩計図、天伏図、屋根伏図、展開図、建具図、詳細図、家具図、昇降機設備図
建築(実施設計)
構造 基礎伏図、床伏図、梁伏図、軸組図、配筋図、柱リスト・梁リスト、詳細図
設備(衛生) 系統図(システム図)、ルート図、機器図
設備(空調)
設備(電気)

8. 現状と今後の課題

 国内に建築アーカイブついての明確な指針や方向性が確立されていない中での構築作業であるため、今回作成したデジタル化の指針やデータベース項目等が、今後どのような汎用性をもちえ、また他の研究機関との情報の相互提供やネットワーク化を構築していくのかが、大きな課題として残っている。また、当館では、絵画彫刻と美術資料、ポスターなどのグラフィック・デザインやプロダクト・デザインといったデザイン資料、陶磁器などの工芸資料、写真資料、民俗資料などの多岐にわたる分野の資料の所蔵があるため、それらとの関連を持たせつつ、建築資料のアーカイブを美術館としてどのように保持していくかも、さらに検討していく必要がある。また、建築図面という整理・分類にあって、美術資料とは別種の高度な専門的知識を有する資料を扱うこととなるため、専門スタッフの養成と長期的な資料管理のビジョンが必要となっている。公開データベースに関しても、銀行や個人住宅など、セキュリティ上機密性の高い図面の公開に関しては慎重にならなければならず、資料公開の範囲も検討していく必要がある。アーカイブ構築後の活用および維持管理計画も策定する必要があり、資料的価値とデジタル・アーカイブ化におけるコストの問題(他の所蔵資料とのバランスなど)も考慮されなければならない状況にある。
 また当館としては、蓄積したデータを如何に保管していくかという課題も残されている。プロジェクトの性質上、内外の研究者とのシームレスな情報入力及び確認体制をクラウドシステム上での独自データベース構築によって実現していたが、今後長きに渡って安定的にデータを保管し公開を行うためには、当センター及び当館内でのデータベース運用が不可欠となる。すでにデータの一部はクラウドシステム上からの移動を終えており、情報の精査の後、著作権等に支障のないものについては一般にデータの公開を行っていく予定である。

(参考:田中正之他著「芦原建築資料 ―そのアーカイブズ整備とデジタル化」『芦原義信建築アーカイブ展』展覧会図録 pp.142-152より)