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研究プロジェクト概要
「近現代建築空間および生活デザインの高度なデジタル・アーカイブ化と、
生活文化空間の総合的研究について」
研究代表者 田中正之(武蔵野美術大学 造形学部 造形文化・美学美術史 教授/武蔵野美術大学 元造形研究センター長)

研究の主旨

 本研究の目的は、近現代建築ならびに生活デザイン(古灯器、照明器具、陶磁器、椅子、家具等)の高度なデジタル・アーカイブ化、それらの融合的・総合的研究を推進、および教育や創作への利活用の手法の開発である。明治以来、日本の近現代建築家が手がけてきた建築作品の設計図面を中心とする近現代建築資料の保存は、「国立近現代建築資料館」の発足とともに、造形研究分野での国家的課題となっている。芦原義信をはじめ、竹山実、磯崎新らが専任教員をつとめた武蔵野美術大学は、芦原を中心とするキャンパス計画の諸図面など、1960年代以降の設計資料を大量に保持しており、こうした資料のデジタル・アーカイブ化は、上記の国の文化政策と方向性を一にした形での、大学研究機関の公的な社会貢献を果たすと言える。加えて建築図面のデジタル・アーカイブ化は、その方法論において開発途上であり、このような試みを行っている研究諸機関との情報共有やネットワーク化も急務となっている。
 また、建築空間と密接に関わる生活デザインのコレクションとして本学が近年収蔵した日本近代の照明器具や、長年蓄積してきた椅子などのデジタル・アーカイブ化も進め、それによって、近代における生活文化空間を総合的かつ体系的に研究する基盤の構築もまた、本プロジェクトの目的である。アーカイブ化にあたっては高度な画像化を行い、かつデジタル・アーカイブ資源の活用を視野に入れ、共有や検索のためのプログラムの研究や、タブレット端末を使用したデバイス・ツールを開発し、生活の美と豊かさを創出する造形学研究の高度化を目指した。

研究テーマと研究内容

 プロジェクトは以下のふたつのテーマに分けて推進された。ひとつは「近現代建築資料のデジタル・アーカイブ化と、その利活用手法の研究」であり、もうひとつは「生活デザインの高度なデジタル・アーカイブ化と、その生活文化空間の総合的研究への応用」である。それぞれのテーマごとの研究内容は下記のとおりである。

「近現代建築資料のデジタル・アーカイブ化と、その利活用手法の研究」
  1. 芦原義信の建築図面等の資料のデジタル化
  2. 日本を代表する建築家のひとりであり本学建築学科主任教授も務め、1960年代に本学キャンパスを設計した芦原義信の建築図面のデジタル化。デジタル化にあたっては、芦原建築設計研究所が所有する手書きの建築図面や竣工時の記録写真、本学が所蔵する本学キャンパスの竣工図面や写真資料などを対象とした。それらの作業を通して、近現代建築資料の資料価値の評価のための基準の検討、アーカイブ化にあたっての標準指針の策定、建築図面等資料の保存管理と整理、共有のための方法の開発、デジタル画像化のための手法の開発を推進。
  3. 公開シンポジウム・研究会とネットワークの構築
  4. 上記の研究にあたっては、近現代建築資料のデジタル・アーカイブ化を試みている他の研究機関の研究者等を招聘し、研究会や公開シンポジウムを開催。評価基準、標準指針、アーカイブ化手法に関する情報を交換、議論していくことによって、近現代建築資料のデジタル・アーカイブ化に関わる研究の基盤となるネットワークを構築。
  5. 実在の建築と空間の関連性のアーカイブを介した研究
  6. 芦原義信による本学の鷹の台キャンパスは、1960年代に大学教育が広く全国に浸透していくなかで、ひとりの建築家の手で構築されたキャンパスがオリジナルに近い状態で残された貴重な存在である。芦原は『街並みの美学』で知られるように、建築を単体として捉えるのではなく、むしろ外部空間と建築物の関係性を捉えようとしたが、その理論を考察するうえでも本学キャンパスは重要な価値を持つ。アーカイブ化された建築図面や写真記録のみならず、CG画像を活用したオリジナルの状態の再現、現在のキャンパス空間の映像化による分析を通して、建築と外部空間の関係性の再考を試みた。
  7. 研究・教育に資するツールの開発
  8. アーカイブ化された近現代建築資料を、研究、教育、創作に資する資源として有効に活用していくためのツールを開発。iPad等のタブレット・デバイスを利用したアプリを開発することによって、利便性の高いインタラクティブな資料閲覧が可能な形式の開発。
「生活デザインの高度なデジタル・アーカイブ化と、その生活文化空間の総合的研究への応用」
  1. 古灯器資料のデジタル・アーカイブ化とその造形に関する研究。
  2. 現在本学が所蔵する、江戸期の提灯や行燈などから昭和初期のガス燈までを含む山際照明造形美術振興会旧蔵の古灯器コレクション約1440点のデジタル・アーカイブ化を行い、あわせて保存管理の方法を確立。生活空間との関連という視点から、それらの造形的側面の分析。
  3. エットレ・ソットサスの照明器具等のデジタル・アーカイブ化とそのデザイン思想の解明
  4. 20世紀を代表するイタリアの建築家でありインダストリアル・デザイナーであるソットサスの照明器具27点のデジタル・アーカイブ化を行い、建築ないし生活空間とデザインの関連という視点から、彼のデザイン思想を解明。
  5. チャールズ・イームズのプロダクト・デザインのデジタル・アーカイブ化とそのデザイン思想の解明
  6. イームズによる椅子などのプロダクト・デザインの図面約270点をデジタル・アーカイブ化し、建築空間との関連を視野にいれながら、機能美と技術的変遷等の多角的な視点から、詳細なデザイン分析。
  7. 近代デザイン椅子コレクションのデジタル・アーカイブ化とデザイン分析の手法の開発
  8. 本学が所蔵するモダンデザインの椅子コレクション約400点のデータベースを活用し、研究や教育および創作に資する高度な検索機能や画像閲覧システムをともなったデジタル・アーカイブ化。
  9. 陶磁器コレクションのデジタル・アーカイブ化
  10. 本学が所蔵する陶磁器のうち数点をデジタル・アーカイブ化し、研究や教育および創作に資する高度な検索機能や画像閲覧システムをともなったデジタル・アーカイブを構築。
  11. 高度なデジタル画像によるアーカイブ化と研究、教育、創作に資するツールの開発
  12. 上記各コレクションのデジタル・アーカイブ化にあたっては、その立体的造形性を実感しうる3次元デジタル画像あるいは360度回転可能なデジタル画像等によってデータベース化。同時に利便性の高いデバイスを用いた画像閲覧システムを開発し、研究や教育への利活用、創作への応用の手法を確立。
  13. 産業工芸試験所関連資料のデジタル・アーカイブ化
  14. 本学が所蔵する産業工芸試験所関連資料をデジタル・アーカイブ化し、研究や教育および創作に資する高度な検索機能や画像閲覧システムを開発。

研究の意義

本研究の成果の意義を列挙すれば、以下のとおりとなる。
  1. 芦原義信建築図面を中心とした近現代建築資料のデジタル・アーカイブ化
  2. 芦原義信を始めとした日本の近現代建築家の手書き建築図面等は現在散逸の危機にあり、貴重な文化財を永遠に失いかねない状況にある。それらの保存管理の徹底は本学をはじめ日本全体の喫緊の課題であるが、オリジナルの保存管理のみならず、デジタル・アーカイブ化によるその資源化(研究、教育、創作への利用や応用、共有を可能とすること)も重要な課題となっている。本プロジェクトは、そのための手法の開発を行い、広く日本の近現代建築資料の保存と資源化のための基盤の構築を図った。
  3. 生活デザインの高度なデジタル・アーカイブ化
  4. 本学がこれまで収集してきた古灯器、照明器具、陶磁器、椅子、家具等の生活デザイン領域の資料をデジタル・アーカイブ化するとともに、これら立体造形の三次元性を踏まえた画像化を行った。たとえば椅子や陶磁器等においては360度、上下左右、どの方向からの形態も自由に確認できる画像化とインタラクティブな閲覧方法の開発を行うことによって、より高度なデジタル造形アーカイブのあり方を示すとともに、タブレット端末等のデバイスの活用の方法を開発した。
  5. 生活文化空間の総合的研究
  6. 建築空間の研究と生活デザインの研究とを同一プロジェクト内で融合することによって、領域横断的な研究を試みた。生活文化空間の総合的研究として、建築、インテリア、プロダクトをひとつの枠組みのなかで捉えて体系化し、豊かな生活を新たに提案しうる造形学研究の方向と方法を示した。
  7. 映像を活用した建築空間と生活造形のアーカイブ化
  8. アーカイブ化にあたっては、一般的な静止画像を用いたデータベースにとどまることなく、動画による映像、CG等を積極的に活用し、建築の過去の状態の再現や現状の記録化を図るとともに、それらをインタラクティブなツールを用いて閲覧することによる新たな研究、教育、創作へ応用できる手法を開発した。