本研究プロジェクト「日本近世における文字印刷文化の総合的研究」では、約 700 年前に始まる「和様刊本」の歴史を造形的な視点からたどり、その魅力を伝えるための展覧会図録の制作も研究の一環に位置づけた。その理由は、研究の過程でさまざまな書物を手に取り調査することにより得られた知見を、読み手に対して正確に伝えるためである。本図録においては凸版印刷株式会社の全面的な協力のもと、研究対象の書物を可能な限り原寸大で掲載し、複製図版の再現性を限りなく現物に近づけることを試みた。また、印刷は特色等を用いず、あくまでも通常の四色印刷の範囲内で行うこととした。図録を印刷するにあたっては、原稿と印刷の間で色再現の方向性を決める、プリンティング・ディレクターの役割が重要となる。今回は凸版印刷株式会社の小林武司氏と田中一也氏の経験豊かな目が、素晴らしい成果を残してくれた。

展覧会図録 出品目録(PDF)


以下の報告は「和語表記による和様刊本の源流」(論考篇)に掲載された、凸版印刷株式会社による論考の冒頭部分と目次の抜粋である(詳細は pp.318-340を参照)。

近世日本における刊本のデジタル化と印刷表現」

フォトディレクター:工藤哲彦氏
プリンティングディレクター:田中一也氏
凸版印刷株式会社
情報コミュニケーション事業本部 トッパンアイデアセンター

はじめに

凸版印刷は、本プロジェクト「日本近世における文字印刷文化の総合的研究」に参加し、「古典籍の良質な印刷表現」を課題に、当展覧会図録を最終成果物として「刊本のデジタル化と印刷表現」に取り組んだ。
通常、書籍資料のデジタル化においては印刷された文字や図柄の形状の正確な記録が主体となり、質的再現はあまり留意されないことが多い。しかし、造本デザインや造形研究の視点においては、古典籍そのものに触れた際の感覚が重要であることから、五感を通じて感じた美しさや実体感のリアリティある共有が必要となり、「高忠実性」の実現がその核となる。
 このような視点から私たちは、墨の微妙な色調、筆致や刷り味、用紙の質感、雲母や胡粉の粒子のきらめき、金銀箔の輝き、造本の仕立て、経年変化と使用による汚れや傷み、虫食いの痕など、対象が有する様々な特性・特質を忠実に記録・再現することに向けた事前設計と技術的アプローチを開始し、刊本の原寸印刷による高忠実性再現に向けたトライアルを行った。
 実施にあたっては、本プロジェクトリーダー新島実教授の指導のもとに対象刊本の「デジタル化」を行う撮影チームと、「印刷表現」を担当する製版・印刷チームを編成し、共同で検証作業(=トライアルテスト)に取り組んだ。
 撮影では、対象刊本の美しさや実体感をとらえ、色を正確に管理し、原寸再現に必要な解像度をもつ高精細画像データを取得。印刷では、和紙に近似した印刷用紙を採用し、オフセット印刷標準プロセス 4C を基本に用紙特性に合わせた色調管理システムを開発することで、高い再現性を実現することとした。
なお、私たちが担当した刊本撮影の内容・仕様及び本図録の印刷製造仕様は最終的に以下の通りである。

1)デジタル化
私たちの担当するデジタル化は、対象刊本それぞれのディテール・特徴とともに美しさや実体感をとらえる撮影となった。
 そのために、正対した位置から刊本の佇まいを最も美しく捉えられるよう、光学機材とデジタル機材を選定。安全性の観点から適正な照度、撮影距離を保った上で、資料の実体感の構成要素であるフォルム、素材感を訴求するように努めた。特にライティングについては光質に加えて影の形状や背景との関わりにも留意し、刊本の厚さや質感が豊かなグラデーションで表現されるようにコントロールした。

撮影機材・取得データ
・機材:高画素ワンショットデジタルバックタイプ Leaf Aptus Ⅱ(Viewカメラに装着)
・使用光源:スタジオ用大型調光ストロボ 色温度 5000K
・データフォーマット・解像度:RGB TIFF 対象刊本の原寸サイズで 400 dpi

実施内容1 現地ロケ撮影
実施日:2018 年3月29日~30日 富山県城端別院善徳寺
対象刊本:天文版『三帖色紙和讃』 高僧和讃、浄土和讃、正像末和讃3巻

実施内容2 スタジオ撮影
実施日:2018 年 9月13日~14日 凸版印刷本所スタジオ
対象刊本:(別紙掲載刊本一覧参照)

2)印刷表現
対象刊本の本文見開きを原寸で再現することとし、質感再現に向け和紙の質感に近似する非塗工紙を使用し、和書の紙葉を繰る感じを演出するために本の開きが良い PUR 製本※を採用した。

※ PUR 製本とは、無線綴じ製本の糊の部分に、PUR(ポリウレタンリアクティブ Poly Urethane Reactive)系ホットメルト接着剤を使用した製本のことで、ページの開きが良く、開きの耐久性に優れ、リサイクル性が高い。

印刷再現においては、インキの吸い込みが大きく色調コントロールが難しいという非塗工紙の特性を、画像処理モニターから印刷までを色調管理するカラーマネジメントシステムの新規設計と高感度 UV 印刷インキの採用で補うこととした。

・用紙:非塗工紙 オペラホワイトウルトラ 四六判 80 kg(日本製紙株式会社)
・印刷:オフセット印刷
・版設計:標準プロセス 4 色(株式会社トッパングラフィックコミュニケーションズ)
・線数:175 線
・色校正:ジェットプルーフ本紙校正(オペラホワイトウルトラ専用紙プロファイル)
・校正機:ジェットプレス(富士フイルムデジタルプレス株式会社)
・使用インキ:高感度 UV 印刷インキ(東洋インキ株式会社)
・実生産機:高感度 UV 機/4C 片面機(株式会社トッパンコミュニケーションプロダクツ) 
・製本:PUR 製本(株式会社トッパンコミュニケーションプロダクツ) 

以下に、これらの仕様・設計を固めるために行ったトライアルテストの過程と内容をレポートする。
※詳細は展覧会図録「和語表記による和様刊本の源流」(論考篇)pp.323-340を参照。ここにはその目次のみ掲載する。

Ⅰ:トライアルテストの前提
デジタル化
機材の選定
標準色票
資料取り扱いについて
デジタル化」と「印刷表現」のチーム連携
対象刊本

Ⅱ:トライアルテストの実施
用紙の選定
トライアルテスト1:和紙の風合い、雲母、胡粉引き」の質感再現テスト
デジタル化
印刷表現
結果
トライアルテスト2:刊本の撮影手法・機材の確認と「墨」の再現テスト
デジタル化
印刷表現
結果
トライアルテスト3 :画像精度のブラッシュアップ
印刷表現
結果

Ⅲ:本実生産へ向けて(カラーマネジメントシステムの構築)
高感度 UV 印刷の採用
ジェットプルーフ本紙校正機の採用
オペラホワイトウルトラ用プロファイルの作成

Ⅳ:本実生産
製版
印刷
終わりに